日々、感じることがある。それは何かと言われても、一つのことではないし、同じ対象についても、昨日と今日とで、全く違う感覚や感情を持つこともあるから、僕自身の心や気持ちってのは感じ方や受け取り方、解釈の仕方が画一的ではないのだなぁと思った。
昨日の朝は上の子供に対してあんな感じで怒ってしまったけど、夜家に帰って、学童から帰ってきていた上の子と会ったら、いつも通りにおかえりとただいまを言える関係に戻っていて、いつも通りに甘えやわがままを言ってきて、僕もそれに対して、もうー仕方ないなぁと言って、怒るわけではなく、甘えにのってあげたり、ツッコミを入れてあげて、対応してた。1日の数時間後には、仲直り。あの時はあんなにイライラして、頑固な僕は自分からは話しかけたりなんて、とてもじゃないけどできない、しない。それなのに、少し時間と距離を置いて、また相対すれば、いつも通り。
これが大事なのかもな。適度な時間と距離。近づき過ぎ、ずっと一緒にいすぎると、必ず誰かに対して、何かに対して、自分のイライラポイントや怒りポイントが加算されていく。そして、その加算されたポイントは、一緒にいればいるほど積み重なっていき、ポイントを使ったり失効することなく、どんどん膨らんでいく。家族、恋人、友達は特にそう言うことになるだろう。仕事においてもそうかもしれない。仕事、恋人、友達はその環境や関係性が嫌なら、辞めてしまえば、別れてしまえばいいというのはあるけれど、家族はそう簡単にはいかない部分が多い。よほどのことであれば、離婚することもあるだろうけど、日々のイライラ、怒りが原因で、はい、じゃあ今日で離婚です、とはなりづらいだろう。売り言葉に買い言葉みたいになって、そんなフレーズが出る夫婦もあるかもしれないけど、僕はそれは絶対に言わないと決めてる。僕からは。喧嘩してるからといって、別れる、離婚だ、と言うことはない。その言葉は、ある種の脅しだからだ。本当に自分かはその言葉を言うとしたら、ちゃんと自分で考えて、その結果離婚すること、一緒にいない方がいいことを導き出した上で、冷静に話をする場を設ける。感情的になってる時に、離婚だー!とは言ってはいけない。言った言葉は戻ってこない。喧嘩をしたり嫌なことがある度に、別れる、離婚だー!が必ずつきまとうことになる。
今の奥さんとは喧嘩もするけど、そんなことにはなったことない。僕からはもちろん、奥さんからも別れるだの、離婚だの、そんな言葉は出たことない。これからも出ないように、お互いに穏やかに過ごしていけるように、支え合っていきましょうや。
なんか、ふと何かの本を読みたくなった。仕事のリュックの中を探してみよっと。
今日の一曲♪
フジファブリック/同じ月
やっぱり志村正彦の声がいい。