12月24日 聖夜前夜

おはようございます。昨日はこんなタイミングで一大決心をしてしまった。こんな精神状態ながらも、プライベートでもプレッシャーのかかることを決めてしまって、一体どういうつもりだろうな、今冷静に考えてみると、本当に良かったのか、どうにかなるのか、全くわからないし、トントンと進ませすぎて、こんな感じでいいのだろうかと疑問に思う次第です。大体の一大決心は、深く考えずに、動いてしまっている現実。まあ、考えれば考えるほど、あれやこれやと不安や心配、ネガティブなことしか浮かばないから、えいやーと思い切ってしまうのだけど、奥さんは僕よりもえいやーと思っているようなので、僕がブレーキかけないといけないので、そのブレーキになる情報や知識がない状態で進むのは、やはり危険が潜んでいる気がして、今こうしていても不安がある。これを進めるということは、仕事を辞めることもできないかもしれないし、少なからず転職という確実な収入を得られるような形に持っていかなくてはならないから、ちょっと心と体の健康のために、1ヶ月くらい休ませてください、とはとても言いづらくなってしまったのは事実。とはいえ、今回巡り合ったものは、やはり少しタイミングが良すぎるというか、これを逃したら、次はないかもなぁと思ってしまう部分もあったり、自分の人生の中で、今回の決断のところはいくら情報収集しようが、無い時はなくて、たまたま降り立った駅でその情報を知ったり、そのタイミングを知ったりしてるので、そんなものなんだろうとたかを括っている感じでもある。

それとは、また別件。仕事で社内の人から社長に、僕のことで相談をしてくれていた。仕事のメールが自分の携帯に転送されるのが、今のこの精神的な部分に多分に影響しているのではないかと思っていること。今のような精神状態で自分の個人携帯に仕事のメールがビービーと鳴るのは、追い詰められるというか、いらぬ心配というか、常に気になってしまう状態になり、休みなのか休みじゃないのか、自分の時間というのはないというのが通常のスタイルになってしまっていることで、何だか息苦しく感じる。社長から直々に、その話を聞かれた。社長が言っていることは至極当たり前のことだった。メールを転送しないで仕事が回るのであればそれでいいが、それができないのであれば、別の時間の使い方や手立てを考えなければいけないと。そうだろうね、それはそう。仕事しなくていいとは言わないよね。だけどね、僕はもうそういう心理状態にはないと、自覚しているから、僕を思ってくれていろいろやってくれることも辛いし、求められることも辛く感じるし、実際に仕事をすることも辛い。君がいて助かっている、大事に思っている、ということも僕の心に重くのしかかってくる。今目の前で起ころうとしていることが、全て辛くなっている感じ。あー、心配してもらって、いろいろ気遣いしてもらっていることをありがたく感じられない、気遣って欲しいのではなくて、僕は今もう、この足を止めたいと思っているんだ。

会社の近くまで電車で来ている。どうしよう。引き返そうか。だめだ、今日も大切な連絡が来るかもしれないんだ。今日は何とか踏ん張るか。

クリスマスイブ。子供達も楽しみにパーティーするのを待っている。こんな日に元気がなくて、どうする。今日は何とか、のりきるか。

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