慣れたくはない

もうすっかり桜は散ってしまったね、そして私のじもとの山形では今桜が咲き始めていて、見頃を迎えているらしい。

いつもよりも早い時間に出て会社に向かってる。ただいまも継続して時差出勤中の僕だけど、何か有ればそんな事お構いなしに早く行ったり、お客さんのところに飛んで行ったりしている。今朝も用事があって早く行っているのだけど、この時間に電車に乗るとこれくらい混むのね。やはり世の中は、まんぼうだとか言われてはいるけど、普通に動いている。大企業はリモート、在宅勤務の体制が整っているみたいだが、僕のような弱小企業は、完全に在宅に移行するなんて夢のまた夢だ。

この電車の混み具合を見て、密を避けてくれと言われ、外食も時間を限り、控えなければいけないと言われても、素直に、はいそうですか、と従いたくなくなるのも、気持ちがわからないでもないし、反発ではなくても、今自分の行動範囲内で、この密度で他人と接することがオーソドックスになっているのであれば、普通に誰かとご飯を食べるくらい、何とも思わなくなるという可能性も否定はできない。

この、コロナありきの生活はいつまで続くのだろうか、よその国は光がみえてきたとか、ワクチンが国民の半分以上に接種終了したとか、いろんな情報を聞くが、僕たちの国の、コロナ対応は世界の中ではどんな評価や位置付けになってるのだろうか。

色々なデータや実績があるはずなのに、そういうものが何一つ生かされておらず、陽性者が増えれば緊急事態宣言だ、まんぼうだと言って、呼びかけを強め、陽性者が減れば弱めるの繰り返し。このままでは同じことの繰り返しのような気がするのだけど。

偉い人や頭の良い人達が集まっているのだから、何か良い方向に導いて欲しいものだ、僕達一般の下々には上からの声を聞いて動くことが一番だと教え込まれてきているのだから、声を聞いて、その通りに動くしかないだろう。

前は、こんな位で電車が混んでる、密だなぁと感じることはなかった。慣れとは怖いもんだ。もはやマクスしてない人を見ると、うわ!マクス無しかよー!って思ったりするし、マクスをすることにもなんの違和感も無くなってきている。友達と会ったり、大好きなバスケをすることがなくなってしまっていることも、今は仕方ない仕方ないと言い聞かせ、それが1年近くになる。こんな事に慣れてしまいたくない、人生の楽しみをこれ程に自ら避けて通るなんて。

コロナになることよりも、会社や周りの人からどう言われるか、どう思われるかを気にしている。もう少し自分に素直になってもいいのかな。もしこのまま死んだら会いたかった人とも会えずに終わってしまうのか、会えるけど自分から会わないと言う選択をしたばかりに。それは嫌だなぁ。

まずは一日も早い収束を望みます。

今日の通勤BGM♪

小山田壮平/恋はマーブルの海へ

andy moriの小山田さんのソロ、まだ新譜をゲットできていないし、むしろ新譜が出ていたことを知らなかった、ごめんなさい。動画でPV見て、すごく、なんて言っていいかわからない、うーん、ため息の出るような、それはネガティブなため息ではなくて、ホッとする場所に来たような、落ち着くとも少し違う、何というか安心感に似たような気持ちになったのだった。新譜買わねば。

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